数年ぶりに映画館で映画を見ました。ウォルト・ディズニー社のファンタジー超大作です。2時間20分を超える壮大なスケールのおとぎ話で、今回のストーリーはその第1章に過ぎないのだそうです。戦闘シーンには、何千人!?ものエキストラが登場する感じで、一体どれだけの予算をつぎ込んで制作したのだろうと、そのスケールには本当にびっくりです。
アメリカでは大ヒットした映画だそうで、こういう映画が欧米人には受けるのかと納得しました。後半は息を持つかせぬ展開で、手に汗握りながら楽しんできました。
(ここから、少々辛口な事を書きますが、別に映画の事を批判したいわけではなく、映画自体は楽しんできましたので、誤解なきよう)そんなにヒットした映画なのですが、見ていて気になるところがいくつもあるんですよね。ストーリー自体に無理があるように感じる部分があったり、後半1時間は確かにスピーディーな展開で楽しめたのですが、前半の1時間20分はかなり間延びした感じもしました。ストーリーの本筋に入る前に、無駄な部分が多すぎた感じがするのです。主人公となる4人の子供が戦争で疎開して・・・そして、ある教授の家に世話になるのですが、その家の家政婦(?)とおぼしき人が、口うるさく・・・・と、このあたりは正直メインのストーリーとは直接関係ない部分で、制作者のこだわりなのかもしれませんが、このあたりをカットすれば2時間で収まる最初から最後まで飽きずに見られる映画だったような気がします。制作側の論理と見る側の論理は違いますから、何とも言えませんが、せっかくの良い作品なので、おしい!と思いました。
・・・・で、なぜこんな話を持ち出したのかというと、我々が手品の手順を組み立てる際に、「自分がどう演じたいか」ということにばかり目がいき、「お客様にどう見えるか」という視点が欠落しがちではないのかと思ったからです。
どんなによい作品であっても、無駄な台詞が多すぎたり、無駄な技法を駆使しすぎて、お客様から見ると冗長で退屈な手品を演じてはいないだろうかと心配になってきました。
手品を披露して、ちょっと受けると調子に乗って同じようなカードマジックをいくつもいくつも見せてしまったり、練習不足で余計な台詞のオンパレードのマジックを披露してしまったり。欧米には見たくない観客に対してマジックを見せつける「マジック・ハラスメント」という言葉があるようですが、マジックを見せる際には、「お客様が今どう思っているのか」ということを、もっとも重要視しなければいけないのだと痛感しました。
また、ストーリーに無理はないか、矛盾はないかなど、手順の組み立てには最新の注意を払わないと、お客様は直感的に不自然な部分をかぎつけるのだと思いました。
こんな事を考えていましたら、藤井明氏が、ゲストとして出演したDVDで、「枝打ち論」という話をしているのを思い出しました。『マジックの手順を組み立てる際には、無駄な部分をそぎ落として、本当に必要な部分を手順として組み立てることが必要だ』というような話だったと思いますが、今日の映画を見て、まさにその通りだと思い出したのです。
一つの技法や作品を覚えると、すぐに演じたくなりますし、台詞も自分なりにアレンジしたり、いろいろなアイディアを付け加えたりして、自分の手順が出来上がっているような気になります。・・・でも、『ちょっと待て、お客様には現象がちゃんと伝わっているかな・・・説明に矛盾はないかな・・・同じような現象のマジックをいくつも続けていないかな・・・』とか、細部に渡って検討し、犠牲者(笑)に手順を見てもらって、手順の完成度を高めなければ、自己満足に過ぎないマジックを演じることになるのだなぁ・・・と思い至った次第です。
映画を見てきまして、気がついた私自身の反省でした。
アメリカでは大ヒットした映画だそうで、こういう映画が欧米人には受けるのかと納得しました。後半は息を持つかせぬ展開で、手に汗握りながら楽しんできました。
(ここから、少々辛口な事を書きますが、別に映画の事を批判したいわけではなく、映画自体は楽しんできましたので、誤解なきよう)そんなにヒットした映画なのですが、見ていて気になるところがいくつもあるんですよね。ストーリー自体に無理があるように感じる部分があったり、後半1時間は確かにスピーディーな展開で楽しめたのですが、前半の1時間20分はかなり間延びした感じもしました。ストーリーの本筋に入る前に、無駄な部分が多すぎた感じがするのです。主人公となる4人の子供が戦争で疎開して・・・そして、ある教授の家に世話になるのですが、その家の家政婦(?)とおぼしき人が、口うるさく・・・・と、このあたりは正直メインのストーリーとは直接関係ない部分で、制作者のこだわりなのかもしれませんが、このあたりをカットすれば2時間で収まる最初から最後まで飽きずに見られる映画だったような気がします。制作側の論理と見る側の論理は違いますから、何とも言えませんが、せっかくの良い作品なので、おしい!と思いました。
・・・・で、なぜこんな話を持ち出したのかというと、我々が手品の手順を組み立てる際に、「自分がどう演じたいか」ということにばかり目がいき、「お客様にどう見えるか」という視点が欠落しがちではないのかと思ったからです。
どんなによい作品であっても、無駄な台詞が多すぎたり、無駄な技法を駆使しすぎて、お客様から見ると冗長で退屈な手品を演じてはいないだろうかと心配になってきました。
手品を披露して、ちょっと受けると調子に乗って同じようなカードマジックをいくつもいくつも見せてしまったり、練習不足で余計な台詞のオンパレードのマジックを披露してしまったり。欧米には見たくない観客に対してマジックを見せつける「マジック・ハラスメント」という言葉があるようですが、マジックを見せる際には、「お客様が今どう思っているのか」ということを、もっとも重要視しなければいけないのだと痛感しました。
また、ストーリーに無理はないか、矛盾はないかなど、手順の組み立てには最新の注意を払わないと、お客様は直感的に不自然な部分をかぎつけるのだと思いました。
こんな事を考えていましたら、藤井明氏が、ゲストとして出演したDVDで、「枝打ち論」という話をしているのを思い出しました。『マジックの手順を組み立てる際には、無駄な部分をそぎ落として、本当に必要な部分を手順として組み立てることが必要だ』というような話だったと思いますが、今日の映画を見て、まさにその通りだと思い出したのです。
一つの技法や作品を覚えると、すぐに演じたくなりますし、台詞も自分なりにアレンジしたり、いろいろなアイディアを付け加えたりして、自分の手順が出来上がっているような気になります。・・・でも、『ちょっと待て、お客様には現象がちゃんと伝わっているかな・・・説明に矛盾はないかな・・・同じような現象のマジックをいくつも続けていないかな・・・』とか、細部に渡って検討し、犠牲者(笑)に手順を見てもらって、手順の完成度を高めなければ、自己満足に過ぎないマジックを演じることになるのだなぁ・・・と思い至った次第です。
映画を見てきまして、気がついた私自身の反省でした。

コメント
コメント一覧 (6)
この頃は、上映時間の短い映画が「良い映画」とさえ、思うようになってしまいました(?)。
しかし、ライオンのキャラは、凄かった!ですね〜。
こんにちわ!
>しかし、ライオンのキャラは、凄かった!ですね〜。
確かに凄かったです。動物たちの動きや表情が本当にリアルで、一体どうやって作ったのだろうと思いました。
映画をあまり見ない私が言うのも何ですが、戦闘シーンは本当に迫力満点でした。
「きっと武器や防具にも相当の時代考証などがされているのだろうなぁ」などと思いましたが、イギリスの歴史など全く知識のない私にとっては、ライオンにしてもしかりですが、三ツ目の怪獣や、ケンタウロスのような動物が出てきて、普通に人間の言葉をしゃべる違和感の方が大きかったかなぁ・・・
きっと、こういう事を考えてしまう私は、ファンタジー映画の作者にとっては、あまり良くない客なのでしょうね(笑)